明覺寺沿革
−歴史と歩み−
延徳2(西暦1490)年創建。
楠木正成の末孫、楠木某という武士が本願寺8代蓮如上人の教化を受けて仏門に入り、摂津国島下郡柱本郷(現在の高槻市柱本)に一寺を建立したことが始まりです。
江戸時代に入り、本願寺の命により本願寺境内地に寺基を移し、その後は塔頭寺院として本願寺を支え、明治29年に現在地に至り護持され続けています。
檀家制ではなく、門徒会・護寺会によって運営されています。
明覺寺住職 (柱本惇)
1987年生まれ。明覺寺で生まれ育ちましたが、跡継ぎが嫌でお寺から逃げ、大学では心理学を専攻。心理系大学院を志すが、たまたま聞いた仏教の話に魅了され、気づけば僧侶の道に。今はひとりでも多くの方に仏教に触れてほしいという思いから、お寺でできることを模索しています。
「仏さまってなんだろうか?」「宗教に意味なんてあるのかな?」「供養してほしいけど…?」お寺のこと、宗教のこと、仏教のことは、普通はわからなくて当たり前のことだと思いますし、調べようと思っても意外と難しいと思います。この「明覺寺公式ホームページ」を訪れた皆さんの中には、何かしらお寺や仏教や仏事に関する「疑問」や「悩み」をお持ちのことだと思います。
その「疑問」「悩み」に真摯に向き合います。どうかお気軽にご相談ください。
明覺寺境内
本堂
明覺寺本堂は、寺院本堂としては決して広い方ではありませんが、街中とは思えない静かさがあり、どこか心安らぐ空間です。
明覺寺では様々な行事・イベントを行っています。詳しくはこちらをご覧ください。また、イベントを主催したいという方もお気軽にお問い合わせください。
集会所
茶室
明覺寺本堂裏にあるお茶室。
「杏梁庵」と称されるこのお茶室は、本願寺第21世門主である明如上人の別荘「三夜荘」から移築されたものだと言われています。
通常は非公開ですが、ご興味ある方は一度お問い合わせください。